痒みと肥満細胞《富山医科大学倉石泰 》

■サブスタンスPの痒みと肥満細胞
肥満細胞は、アレルギーなどの多くの痒みで重要な役割を演じ、SP の痒みも肥満 細胞の histamine を介して起こると考えられています。マウスでも SP による掻き反応が 肥満細胞を脱顆粒させる compound 48/80 で抑制されたことから、肥満細胞の関与が推測されました。

しかしながら、肥満細胞欠損マウスに SP を投与しても、明らかな掻き動作を惹起し、その程度は対照マウスと明らかな差異が認められませんでした。また、肥満細胞欠損マウスの SP に対する反応が compound 48/80前処置で抑制されました。そこで、 histamine で掻き動作を示す ICR 系マウスにヒスタミンH1 受容体遮断薬chlorpheniramine を予め経口投与したところ、histamine の作用は抑制されましたが、SP の作用は全く影響を受けませんでした。

ところで、マウスに掻き動作を惹起する serotonin は、マウスの肥満細胞に少量ながら存在します。そこで、ヒスタミンH1 受容体とセロトニン5-HT2 受容体を共に遮断する cyproheptadine を局所皮下に前処置したところ、histamine とserotonin の反応は顕著に抑制されましたが、SP の反応は有意な抑制がみられませんでした。

以上の成績は、マウスにおける SP の作用に肥満細胞がそれ程重要な役割を果たしていない可能性と、compound 48/80 の作用部位が肥満細胞以外にもあることを示唆しています。SP の起痒作用機序の詳細はまだ不明ですが、タキキニンNK1 受容体の関与、一次感覚神経への直接作用、マクロファージやそのメディエーターの関与等の可能性を示唆する証拠を得つつあります。

■動物の痒み反応
皮膚疾患で大きな問題となる症状のひとつに痒みがあります。痒みは、皮膚の表層と一部の粘膜に特有の自覚的感覚で、私たちに掻きたいとの衝動あるいは掻き反射を生じます。動物でも、痒みが掻き動作を惹起することが推測されます。しかし、掻き動作は必ずしも痒みだけで誘発されるものではなく、動物では痛みも掻き動作を引き起こすとの指摘もあります。

そこで我々は、ヒトに痒みを起こす起痒物質と、動物実験で痛み刺 激として繁用される発痛物質をマウスの背中の皮膚に投与して、掻き動作が惹起されるか調べてみました。その結果、起痒物質の compound 48/80と substance P (SP) が掻き動作を惹起し、発痛物質の capsaicin と formalin は明らかには掻き動作を惹起しませんでした。従って、少なくともマウスの背中の痛み刺激では掻き動作が惹起されないことがわかりました。

また、興味深いことに、histamine がマウスにほとんど掻き動作を惹起しませんでした。幾つかの系統のマウスで histamine に対する反応を調べたところ、ddY、BALB/c、C57BL/6 などの系統のマウスが反応せず、調べた中で唯一 ICR 系マウスが掻き動作を示すことがわかりました。この成績は、マウスでは histamine が共通最終の内因性痒み因子ではない可能性を強く示唆するものです。

■サブスタンスPの皮内注射による掻き動作は痒み反応か
SP によるマウスの掻き動作は、痒み反応であるといえるのでしょうか。我々は、SP による掻き反応が、(1)マウスの注意を実験者に向ける散乱刺激、(2)capsaicin感受性一次求心性線維の脱感受性を起こす capsaicin の反復投与、(3)オピオイド拮抗薬 naloxone の全身性前処置、(4)SP注射部位局所への compound48/80 の前処置で抑制されることをあきらかにしました。

これらは全てヒトの痒みでもみられる性質ですので、SPをマウスの背中に皮 内注射して惹起される注射部位への掻き動作は、痒みに起因する反応である可能性が高 いと考えられます。

■おわりに
動物実験でも、ヒトの痒みとの類似性を証明できれば掻き動作を痒みの指標に用いることが可能と思われます。SP を起痒物質とした場合、肥満細胞は予想したほどには重要な役割を演じていないようです。

痒みは、さまざまな刺激、たとえば軽い物理的刺激でも 惹起されることを考慮すると、内因性起痒物質に加えて痒みの内因性増強因子を、肥満 細胞に限らず広く皮膚内の細胞に探索することが重要になると考えています。